実質債務超過の論点は、みんなモヤモヤするところのせいか、いくつもの質問やご意見をいただきました。ikさんやE.Kさんのご意見と、私の意見は、かなり共通するところがあり、より分析的に説明した方がいいと思いますので、今日は補足することにします。
昨日もお話ししましたが、実質債務超過会社の吸収合併で、一番問題なのは「実質債務超過」という言葉のあいまいさです。それと関連して、「のれん」という概念の多義性も話を複雑にしています(ikさんやE.Kさんのコメントにも、2つの「のれん」がでてきますよね)
最初に、実質債務超過の定義として、2つの仮説を立てます。
A説 のれんを計上し、資産の再評価をしても債務超過であること
B説 消滅会社が、その債務の全部の支払いをすることができないこと
A説では、簿価に二つの要素、①「のれん」と②資産の再評価を加えたものです。
一見、これは、会計っぽい定義なのですが、実は会計とは何にも関係のない概念です。
①の「のれん」は、会社法・計算規則でいう「のれん」とは別の概念である「営業権」(法的な権利ではない経済的事実関係)のことを指します。
これは、会計の世界では、自己創設のれんとして資産として認められないものです。
なぜ認められないかというと、自己創設のれんは、会社の自己判断によるもので客観性が担保できないからです。
例えば、株式会社葉玉商店の社長の葉玉さんが、「うちは、簿価債務超過ですが、この千代田区一帯にお得意さんを1000社も抱えていますから、それを時価評価すると、2億円くらいの価値はありますよ」などと言って、資産の部に「営業権 2億円」なんて勝手につけるのは困ります。
EKさんは「商法の時代、時価評価すれば債務超過でない場合は、これを正確に計算する手間をかけなくても、登記の際に、適当に「営業権」を計上すれば、登記は通った。これは、「実質債務超過」ではありません。」とコメントされています。
A説で言えば「資産の再評価」の問題ですが、それを「営業権」という勘定科目にするのもどうかという気がしますし、「時価評価したら債務超過になってしまった場合でも適当に営業権を計上すれば登記できてしまう」という状態でもあったということは、「簿価債務超過は合併させない」というルールは機能しなかったということにもなります。
このように「営業権」(消滅会社ののれん)は
「簿価」債務超過の会社の吸収合併は認めない
というルールのもとで、合併をするために簿価債務超過を回避するものとして機能していました。
しかし、先ほども申しましたように、この消滅会社の「営業権」は会計の世界では認められないもので、結局、A説のように、営業権を加えた上で、実質債務超過かどうかを判断するというのは、もっぱら法律の解釈の問題です。
では、「営業権」は、法律上、どのような基準で評価するのでしょうか。
ご存じの通り、そのような基準は、何もありません。
E.Kさんのおっしゃるように「営業権」の経済的な評価手段として、割引キャッシュフロー等色々な方法はあります。
しかし、それは営業権又は株式の「取引の参考資料」としての基準です。
合併の無効という法的な効果につながる財産の評価を、公正な会計慣行とは異なる基準で、算定しようというのならば、明確で一義的な基準を提示しなければ、法的な安定性は図れません。
例えば、「割引キャッシュフローによる営業権(又は株価)の評価は適切である」という考えは、比較的最近のものだり、それを裁判で採用してくれるのかどうか、算定の前提となる将来のキャッシュフロー予測や割引率を裁判所がどう考えるのかは、それこそ、予測できず、思いもよらないところで、合併無効とされるおそれがあります。
しかも、「実質債務超過はダメ」というルールを作るのならば、合併の登記の申請で、法務局に対し、実質債務超過でないことを証する書面を提出させ、法務局で、それを判断して、登記させるかどうか決めることにするのが筋であり、それでは混乱は必至でしょう。
また、「実質債務超過でないこと」を要求する説は、「簿価債務超過」で、かつ、実質債務超過というところを考えがちですが、実は、「簿価は債務超過じゃないけれど、実質は債務超過である会社も合併できない」というルールも採用することになり、これでは、どんな場合も、消滅会社の資産の再評価と営業権の算定をしない限り、安心して合併することができない(算定したって、安心はできないですが)ということになります。
もちろん、「実質債務超過でないこと」を要件とすることが、債権者や株主の保護に役に立つということであれば、知恵を絞るのもいいのすが、昨日の記事でも書いたように、この問題は、債権者や株主の保護とは、直接の関係はないのです。
以上の消滅会社の「営業権」という意味の「のれん」に対し、計算規則の「のれん」は、「存続会社が拠出した財産の時価−消滅会社から入ってきた財産の時価」という差額で、存続会社側のBSに計上されるものです。
これは、「合併当事者が合意した条件である以上、その差額には何らかの経済的価値があるだろう。だから、「のれん」として計上しよう。もし、存続会社の予測がはずれて、その価値が幻想だったら、あとで減らしましょう」という考え方です。
私は、この考え方は法的にも一理あると思います。
浅田真央ちゃんのスケート靴でも分かるように、財産の価値は多様です。
くまさんのコメントにあったように「子会社を当面の損失覚悟で救済して、その代わり子会社関連の取引関係等を維持するほうが、親会社にとって得策だという判断」も経済実態にあった判断であり、許容すべきでしょう。
また、「消滅会社には資産は何もなく、キャッシュフローもない。しかし、優秀な人材が揃っていて、吸収合併した方が、個人ごとにヘッドハンティングするよりも、ずっとコストがかからない」という目的で行う合併も合理的です
これらの経済的利益は、会計基準でも評価されず、株式や営業権の価値の評価方法でも図れませんが、実際には強いニーズがある大きな利益なのです。
したがって、「簿価債務超過」だろうが「実質債務超過」だろうが、合理的な当事者が評価した消滅会社の財産的価値を尊重した上で、株式やその他の財産を交付することができると解した上で、株主や債権者の保護は、株式買取請求権や債権者異議手続で図れば十分だと思います。
この株主保護という点について、 ikさんが「合併比率の不公正は合併無効事由にならないわけですが,これって合併承認決議の取消事由にもならないという理解ですか」という質問をされています。
特別利害関係人が議決権を行使して、著しく不公正な決議がされた場合に該当するならば取消事由になるでしょうが、むしろ、株主については、「公正な価格」での株式買取請求権で保護されると考えた方がよいでしょう。
次に、B説(消滅会社が、その債務の全部の支払いをすることができないこと)について簡単に説明します。
この見解の問題は、債権者異議手続が何のために行われるのかを説明することができないということです。
債権者保護手続きは、平成9年に改正があって、存続会社が異議を述べた債権者に弁済等をしなければならないのを原則としつつ、「ただし、当該吸収合併をしても当該債権者を害するおそれがないときは、この限りでない」(799条5項ただし書)という限定がつけられています。
つまり、債権者に支払うことができる限りは、会社は、弁済等をする必要がないのです。
では、ここで問題です。
「存続会社が、合併前は、支払能力があるのに、吸収合併をすると、債権者に支払うことができなくなる場合はどんな場合でしょう?」
答は、存続会社が、消滅会社の財産を包括承継したために、存続会社の資産が目減りする場合、すなわち、消滅会社の財産が実質的債務超過の場合です。
このように799条5項ただし書は、B説でいうところの実質債務超過会社を吸収合併することを前提としている条文であると考えられ、この批判はA説にも該当します。
ということで、私は、やはり、簿価債務超過・実質債務超過の会社を吸収合併し、対価として株式や他の財産を交付することができると考えるのが、もっとも会社法に適合的であり、また、合理性・法的安定性に優れていると思います。
そして、資本金や資本準備金の増加については、その論点とは関係なく、淡々と、計算規則で計上すればよいのです。
HSさんやとしこさんの質問にも文中で答えたつもりですが、いかがでしょうか。
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